「アートの力で貢献したい」と自らアクション
新アリーナに込めた「三河」への想い
使う人、建てる人、近くに暮らす人...。アリーナ建設プロジェクトに関わる「みんな」に、新アリーナの夢や希望を聞くスペシャルインタビュー。今回は、画家・アーティストとして活動する左右田 薫さんを取材。シーホース三河とつながったきっかけやアートで地域に貢献したい思いを聞いてきました!

音楽シーンから自治体の案件まで幅広い分野で活躍する左右田さんを取材!
「アートでアスリートを表現して、この地域に貢献できる活動を」
――現在のお仕事について教えてください
画家・アーティストとして活動しています。絵をメインとしたグラフィックデザイン全般を手掛けており、CDジャケットや壁画の制作、アート展の開催など多岐にわたります。また、ゆかりのある地域の魅力をPRする活動もしており、身近なところでは西尾市の市制70周年ロゴや「にしおマラソン」のフィニッシャータオルのデザインなども担当しました。
――シーホース三河とのご縁は?
ライブペイントに誘われたのがきっかけです。試合のハーフタイムイベントとして、2017-18シーズンと2018-19シーズンに参加しました。Bリーグ設立前の2013年頃から他のバスケットボールチームとお仕事をさせていただいていましたし、サマソニや安室さんを描いた愛知の作家ということで「愛知県でライブペイントと言えば左右田氏」と認識いただき、声をかけてくれたのだと思います。
――新アリーナ工事現場の防護柵に、左右田さんが描いたシーホース三河とクインシーズ刈谷(現・アリーザ愛知)の選手が展示されます。この企画が生まれたきっかけは?
ライブペイントでお世話になってからしばらくして、新型コロナが蔓延し、イベント開催が難しくなってしまいました。その後もシーホース三河との関係は続いていたのですが、企画が流れてしまうこともあって…。アーティストはイベントに呼ばれる側、つまりは「待ち」の立場です。もっとシーホース三河と関わりたい気持ちがありましたし、待っているのがもどかしくなってきて…。それで、当時お世話になった方に思い切って電話をしたんです。すると「今はアリーナプロジェクトに異動した」と教えていただいて。続けて「新しいアリーナでもいろいろな企画を考えているから、左右田さん何かできますか?」と提案をいただきました。2025年の夏頃の話で、そうしてこの企画が生まれました。
――「自分から動こう」と思った原動力は?
幅広くお仕事をさせていただいていますが、やっぱりエンターテインメントが好きですし、エンタメのパワーを信じています。日本トップのプロスポーツがこの地域にある。選手やチームの情熱やエネルギーを吸収して、インスピレーションを受けて、それをアートで表現して「地域に貢献する活動」がしたかった。その想いに尽きます。
――今回の作品の全容と、お気に入りの1枚を教えてください
プレー中の写真などをモデルに、シーホース三河とクインシーズ刈谷(現・アリーザ愛知)の選手を描きました。意識したのは、アスリートとしての力強さ。新アリーナの工事現場をミュージアムに行くような感覚で楽しんでほしいです。今後、このアートをグッズ化して売上はアリーナに寄附し、みんなでアリーナを支えたいと考えています。
お気に入りの作品を選ぶのは難しい質問ですが(笑)、強いて言えば長野誠史選手。素人目線ですけれど、シーホース三河に移籍してきた1年目、彼がボールを持ったときに「アリーナの空気が変わった」と感じました。強烈なインパクトを受けて、それからファンになってしまって。長野選手のアートは、ポイントガードとしてプレーする姿をうまく表現できました。
――アリーナのロゴも制作されたとのことで、こちらも防護柵に展示されています
安城市の七夕まつり、安城市の花であるサルビア、駅前の姿、三州瓦など、この地域にゆかりにあるものを組み込んで制作しました。「M」の文字には「三河」と「みんな」の意味があって、「みんなでアリーナを創っていこう」という気持ちを表現しています。もともとのプロジェクトにあった「みんなのアリーナ」という企画を大事にしたかったのが理由です。

右にあるロゴも左右田さんがデザイン。「みんなでアリーナを創っていこう」という気持ちを表現

右にあるロゴも左右田さんがデザイン。「みんなでアリーナを創っていこう」という気持ちを表現

沖縄にて。「仕事の合間に旅行したり、自然やリゾートでゆっくり過ごしたりするのが趣味」と左右田さん
「移籍がプロ選手の宿命なら、その時代の思い出を共有できるような作品を残したい」
――話は変わって、シーホース三河のホームコートMC・小林拓一郎さんが運営する「グレープパークコート」に、コービー・ブライアント(元NBA選手。2020年にヘリコプター墜落事故により逝去)の壁画を制作されました
もともと私はアメリカのカルチャーが好きで、パンクやロックを聴いて育ってきた人間です。バスケットボールも好きでした。コービーの壁画は、コバタクさんと「バスケが好きという気持ちだけでなく、悲しみとか、それでもずっと想っている気持ちを残したい」なんて話し合って制作しました。ご家族に届けたい一心と、コービーに、スポーツに敬意を込めて。コバタクさんとコービーって誕生日が同じなんです。「グレープパークコート」も同じ日にオープン。完成したときは、なんとも言えない感情でした。
コービーが亡くなってから、私たちばかりではなく、ロサンゼルスを中心に世界中にコービーの壁画が描かれていきました。世界で24の壁画を選ぶ企画があり、光栄にもそのうちの一枚の壁画に選ばれました。2025年11月にコービーの奥様が世界中の壁画を集めた本を出版されたのですが、その本にも掲載されています。日本では唯一の壁画です。
――新アリーナが完成後、どのようなことにチャレンジしたいですか?
願望になりますが、アート展やライブペイントなどを実現できたら嬉しいです。アートには甲子園のような場所がありません。コンテストのような企画を実施して、さまざまな作品を鑑賞できる機会を生み出したい。サブアリーナのウォールアートも描けると嬉しいです。
これも私の勝手な気持ちですが、新しいシーズンになれば、また選手のイラストを違うタッチで描きたいです。選手の入れ替わりがあってもなくても。バスケットボールは移籍が多いですが、私たちファンからすると、そのシーズンごとに特別な思い入れがあります。移籍した選手を追いかけて応援するファンの方もいると思います。作品を見て「あの選手、活躍していたな」とか「このメンバーで戦ったんだな」とか、そういう思い出を共有できるきっかけになればと思っています。そして、いつの日かすべてをどこかに並べて展示したいです。
――最後に、新アリーナがどんな場所になってほしいですか?
今まで「近くまで来ているのに…」と、どこか遠くの出来事のように感じていたエンターテインメント。でも、これからは違います。新アリーナの誕生は、三河がアーティストを迎え入れる「玄関口」になるということ。全国から多様な人々が集まり、音楽やスポーツで街が賑わう。この場所が新しい文化の起点になる。そんな景色を夢見ています。

FUZZHEAD-STUDIOアーティスト
左右田 薫(さうだかおる)
PROFILE
愛知県生まれ、岐阜県海津市出身、現在は愛知県西尾市在住。1998年よりグラフィックアーティストとして活動を開始。MTVや、安室奈美恵、MAN WITH A MISSIONなどアーティストのCD・DVDジャケットなどを幅広く手掛ける。豊川市の「グレープパークコート」にあるコービー・ブライアントの壁画も左右田氏の作品。「にしお現代アート特命大使」や「かいづシティアンバサダー」にも任命されている。