運命的な抜擢に燃える新社長
『スポーツへ恩返し』する最後のチャンス
使う人、建てる人、近くに暮らす人...。アリーナ建設プロジェクトに関わる「みんな」に、新アリーナの夢や希望を聞くスペシャルインタビュー。今回は、三河安城交流拠点建設募金団体 代表理事および三河アリーナ株式会社 取締役社長を務める白井 博さんを取材。元バレーボール選手として新アリーナへの並々ならぬ情熱を語ってもらいました!

冗談を交えながら気さくに答える白井さん。オフィシャルな場とのギャップが魅力でした!
「バレーボールから営業、そしてインドへ。約30年を経て再びスポーツの世界へ」
――現在のお仕事について教えてください
大きく分けて二つの立場で新アリーナに関わっています。一つは三河安城交流拠点建設募金団体の代表理事として、アリーナを建設するための資金を募る活動です。募金活動には法人向けと個人向けがあり、法人向けでは地域の企業を訪問して「一緒に盛り上げていきませんか?」とお声がけをさせていただいています。一方、個人向けとしては、シーホース三河のホームゲームや地域のイベントでブースを出展し、来場者の皆さまに私たちの活動や新アリーナについて知っていただく活動を行っています。
もう一つが、三河アリーナ株式会社の社長としての役割です。新アリーナは建設後、安城市に寄贈され、三河アリーナ株式会社がその後の運営を50年間担う前提で調整しています。私はその組織運営全般に携わっています。
――募金団体の理事という大役を任されたときの思いは?
とても運命めいたものを感じています。実は私、実業団のバレーボール選手としてアイシンに入社しています。5年ほど選手としてプレーし、その後は女子バレーボール部の監督を6年ほど務めました。スポーツの現場を離れてからは、購買などの業務を経て、ひたすら営業として29年。インドの現地法人の社長も務めました。そんな私が、サラリーマン人生の最後に再びスポーツの現場に戻ってこられるなんて…まったく想像していなかったですね。
――それは驚きました。まさかの人事ですね
私がバレーボール部で練習していた時代、隣ではバスケットボール部が練習していました。正直、ライバル視していましたよ(笑)。あの頃は川合俊一さんが日本代表で活躍されていて、バレーボールはテレビのゴールデンタイムでも放送されるほど人気がありました。それでも、当時は室内スポーツのプロ化は難しいと感じていたんです。箱(施設)の問題や収容人数の壁がありましたから。ところが、現在のバスケを取り巻く状況を見て、本当に驚いています。
もう一つ不思議なご縁があって、私がアイシン女子バレーの監督をやっていた頃、トヨタ車体の女子バレー部とよく練習試合をしていました。実力差がありましたし、向こうにはメリットがなかったはずですが、車体の監督さんは「付き合ってやるぞ」と面倒を見てくれて。本当にお世話になりました。そのバレー部が、シーホース三河と同じく新アリーナをホームにする『クインシーズ刈谷(現・アリーザ愛知)』です。当時のクインシーズ刈谷(現・アリーザ愛知)のマネージャーだった子とも20数年ぶりに再会し、まさかまた一緒に仕事ができるなんて…。運命を感じずにはいられませんよ。
――たしかに運命めいたものを感じますね
そうなんです。バレーに限らずもともとスポーツが大好きで、スポ根でやっていた時代から始まって、今はこうしてプロ化していく室内スポーツに携われている。とても幸せな人生を歩ませてもらっていると感じます。現在61歳ですが、私の中で「サラリーマン人生の集大成」と言えばいいのかな。バレーを引退してからずっとBtoBの世界で働いてきた男が、最後の最後でスポーツに恩返しできるチャンスをいただいた。自分の中で、そんな素敵なストーリーが勝手に出来上がっています。

新アリーナの起工式にて。白井さんの「スポーツへの恩返し」が始まる

「2024-25シーズン 新チーム体制発表およびアリーナ情報に関する記者会見」で壇上に立つ白井さん

インドの現地法人で働いていた頃。現地の文化に溶け込むのが白井流
「世界基準の設備を導入。さまざまな困難の中、絶対に妥協したくなかった空間のクオリティ」
――新アリーナのハード面やスペック面で誇れることは?
まずは、サブアリーナとクラブハウスが併設されていることです。トレーニングジムや食堂を完備し、普段はサブアリーナで練習、試合はメインアリーナで、という選手にとって最高の環境を提供することができます。
また、メインアリーナは「すり鉢状」の形状を採用しており、スポーツ観戦に非常に適しているのが特徴です。音響、照明、ビジョンについても妥協していません。こうした付帯設備の選定は建設会社にお任せするのが一般的ですが、私たちの場合は専門家をコンサルタントとして招いてコンペを行い、世界基準の設備をそろえます。
各地にアリーナが次々と誕生する中、私たちの「収容人数5000人」というアリーナは大きな箱ではありません。本音を言えば、当初の計画から変更になった部分があって悔しくて仕方がないんです。でも「空間としてのクオリティ」は絶対に譲らなかった。観戦しやすさや音響など、質には徹底的にこだわっています。アーティストのライブ利用も想定していますし、必ず満足してもらえる空間にします。
――新アリーナの社長として、どのような運営を考えていますか?
シーホース三河とクインシーズ刈谷(現・アリーザ愛知)のホームゲームで、年間60〜70試合を利用することになります。では、残りの300日をどうするか。ありがたいことに三河にはトップレベルのスポーツチームがたくさんありますし、ハンドボールや卓球、バドミントンなど、さまざまな室内競技の場として活用したいと考えています。まずは「スポーツの夢のアリーナ」が目標ですね。大相撲やプロレス、アイススケートなどのイベントが開催される可能性もあるでしょう。
こうしたイベントは土日が中心になると思うので、平日の稼働はどうするのか。たしかにメインアリーナの稼働率を上げることは大切ですが、地域の方々がふらっと立ち寄れて、日常的に賑わいを創出できる場所になるのが理想です。まだ検討の段階ですが、道の駅のようなマルシェ、料理教室などのスクール等が実現すればと考えています。ほかにも選手の練習が見学できるとか。これは賛否があると思いますが、ライアン(リッチマン)前ヘッドコーチは「全然見てもらって構わないよ」と言ってくれていて。どうにか実現できないかなと考えています。
――最後に新アリーナを楽しみにしている方々へメッセージをお願いします
2024年1月に募金団体が設立され、夏に記者会見をさせてもらったときかな。当時はいきなり任命されたこともあって、与えられた資料を上手に読んで…というレベルで、今思うと恥ずかしい気持ちです。それから毎日アリーナのことを考えて、目指すべき姿が見つかって、ようやく自分の中で形になってきたというか。今は自分の口から、自分の言葉で伝えたい思いがたくさんある。募金のお願いで訪問した法人先でも、同行したスタッフから「白井さん、喋りすぎです」って呆れられるくらい(笑)。それほど伝えたいことがあふれています。
三河安城駅は、新幹線が停車する駅の中で日本一、乗降客が少ないんです。そんな駅の近くに新アリーナが完成します。「あの風景をどう変えられるんだろう」と私自身がワクワクしています。布団に入ってからも「これをやりたいな」「ここに相談したいな」なんて想像が止まらず、いつも笑いながら寝ているんですよ(笑)。それに気づいて「俺、めちゃくちゃ幸せだな」って。新アリーナが三河のシンボルになり、皆さんの誇りになり、みんなが笑顔になれる場所になるように創っていきます。「夢のアリーナ」の誕生を楽しみにしていてください。

三河安城交流拠点建設募金団体 代表理事/三河アリーナ株式会社 取締役社長
白井 博(しらい ひろし)
PROFILE
1987年にアイシン精機株式会社(現:株式会社アイシン)に入社。バレーボール部に所属して現役引退後、女子バレーボール部の監督に就任。その後、長らく大手自動車メーカーを担当する営業スタッフとして奔走する。10年に及ぶ海外赴任も経験し、インドの現地法人「アイシン・オートモーティブ・ハリヤナ」の取締役社長も務めた。現在は、新アリーナ建設に向けた募金団体の代表理事として従事。サザンオールスターズの大ファンで、ライブのためにインドから弾丸帰国したことも。